「お前の命を預ける道具だ。安物を買うな。」
[Point] 結論:斧は「買う」ものではなく「育てる」ものだ
ホームセンターに行けば、プラスチックの柄がついた安い斧はいくらでも売っている。
だが、そんな物は使うな。
山で木を切る、薪を割る。
それは木という「命」を奪い、火という「命」に変える行為だ。
その儀式に、魂の入っていない道具を使うのは失礼だろう。
俺が勧めるのはこれだ。
スウェーデンの鋼、ヒッコリーの柄。
無骨だが、こいつには「余白」がある。
お前が手を加えることで、初めて完成する道具だ。
[Reason] 鋼と木の対話を聞け
なぜハスクバーナなのか。
理由はシンプルだ。「素直」だからだ。
1. 鍛造(たんぞう)の荒々しさ
機械でプレスしただけの刃物とは違う。
職人が鉄を叩いて伸ばした痕跡が残っている。
鋼は硬すぎず、研げば鋭い刃がつく。
使い込めば黒錆が浮き、鈍い光を放つようになる。
その変化こそが、お前が山で過ごした時間の証明だ。
2. ヒッコリーの柄の「吸い付き」
プラスチックの柄は衝撃を手にそのまま伝えてくる。
だが、木の柄は違う。
打撃の瞬間の衝撃を、木が優しく吸収してくれる。
手に汗をかいても滑らない。
使い込むほどに掌(てのひら)の脂が染み込み、自分の手の一部のように馴染んでいく。
この感覚は、新品の時には絶対に味わえない。
[Example] 研げない奴に、火を焚く資格はない
昔、若いキャンパーが俺のところに斧を持ち込んできたことがある。
「切れなくなったから捨てようかと思って」と抜かしやがった。
刃を見れば、ボロボロに欠けて錆びついている。
俺は怒鳴りつけたよ。
「お前がサボっていただけだ!」とな。
斧は、買った時が「一番切れない」状態だと思え。
箱出しの刃は、あくまで「下地」だ。
そこから砥石と革砥(ストロップ)で研ぎ上げ、自分好みの刃をつける。
薪を割るなら鈍角に、フェザースティックを作るなら鋭角に。
鉄の匂いを嗅ぎながら、無心で刃を研ぐ時間。
それこそが、焚き火の前の最も神聖な儀式なんだ。
俺のハスクバーナはもう20年選手だ。
柄は何度も取り替えたし、刃も小さくなった。
だが、今のこいつが一番使いやすい。
俺の癖、力の入れ方、全てを記憶しているからな。
[Point] 不便を楽しめ、手間を愛せ
ボタン一つで火がつく時代に、わざわざ斧で薪を割る。
そんな酔狂なことをするなら、道具にもこだわりの酔狂を持て。
ハスクバーナを持てば、最初の半年は苦労するかもしれん。
錆びるし、柄も乾燥して痩せてくる。
だが、アマニ油を塗り込み、研ぎ続けた先にある「相棒」としての信頼感は、何物にも代えがたい。
「便利」は金を払えば手に入る。
だが、「愛着」は時間と手間をかけなきゃ手に入らん。
それがわからん奴は、おとなしくエアコンの効いた部屋にいればいい。
本物を知りたい奴だけ、この斧を握れ。
