息が詰まるような毎日を過ごしていないだろうか。
ニュースを開けば絶望的な数字が並び、カレンダーの空白は義務とタスクで埋め尽くされていく。どこか遠くへ行きたいと願いながらも、重いコートを脱ぐ気力すら湧かず、ただ薄暗い部屋の中で冬が通り過ぎるのを待っている。
私も、少し前まではそうだった。
かつてカメラ一つで硝煙の匂いの中を走り回っていた頃、帰国するたびに私を襲ったのは、平和なはずのこの都市の「無感覚」だった。悲鳴もない代わりに、生きた感触もない。ただ安全なカプセルの中で、ぬるま湯に浸かって窒息していくような日々。
そこから私を引っ張り出してくれたのは、誰かの優しい言葉ではなく、オートバイのエンジンが刻む暴力的なまでの鼓動と、頬を切り裂くような「容赦のない風」だった。
痛みから、温度への変化
もしあなたが今、少しでも現状から抜け出したいと願うなら、分厚い冬の装甲を一つだけ外してみてほしい。
オートバイに乗る人であれば、それは「グローブ」だ。
厳冬期、私たちはかじかむ指を守るために、分厚く、操作性も悪い冬用のグローブで必死に寒さを耐え凌いできた。風はただ「痛いもの」でしかなかったはずだ。
だが、カレンダーが春を告げる頃。
思い切って、その分厚い装甲を脱ぎ捨ててみよう。私がこの季節の変わり目に必ず手を通すのは、一枚革で作られたシンプルなライディンググローブだ。
JRPの3シーズン・レザーグローブ。
日本の香川県で、職人たちが一つ一つ手縫いで作っている、飾り気のない本革の道具。
これをはめて、まだ少し冷たい朝の空気を切り裂いて走る。
最初は「まだ早かったか」と後悔するくらい指先が冷える。けれど、峠を一つ越え、日差しが差し込んできた瞬間に気づくはずだ。
風の温度が、変わっていることに。
薄い鹿革を通して、エンジンの熱と、アスファルトの照り返し、そして確かに混ざり始めた「春の匂い」を持った少しぬるい風が、直接手のひらにダイレクトに伝わってくる。
世界に触れているという実感
この「風の温度を感じる」というたったそれだけのことが、どれほど人間の本来の感覚を呼び覚ますか。
分厚い冬用グローブのままでは決して気づけなかった、微細な季節のグラデーション。風はもはや「痛いもの」から、「温度を持った生き物」へと変わる。
クラッチを握る。アクセルを開ける。
その度に、革が少しずつ自分の手の形に伸びて馴染んでいく。ハンドルから伝わる路面のざらつき。それは紛れもなく、今自分が「この世界に直接触れ、そして前に進んでいる」という確かな物理的証拠だ。
遠くの絶景を見に行かなくてもいい。
ただ海沿いの道を1時間流すだけでもいい。この薄手のグローブを通して世界と繋がった時、あなたを覆っていた目に見えないカプセルは、確実にヒビ割れているはずだ。
次の週末。天気予報が晴れマークを出したら、少しだけ身軽になってエンジンをかけてみようか。
凍てつく風の終わりは、もうすぐそこまで来ている。
