眠れない夜がある。
理由がある時もあるし、ない時もある。
頭の中だけが妙に明るくて、体は疲れているのに、どこにも降りていけない。そんな夜に強いライトをつけると、俺は余計に落ち着かなくなる。明るすぎる光は、考えごとまで照らしてしまうからだ。
ソロキャンプの夜にも、同じことがある。
静かになるために森へ来たのに、LEDランタンでサイト全体を昼みたいに照らしてしまう。便利ではある。でも、その明るさの中では、夜が夜でいられない。
だから俺は、UCO Candle Lanternみたいな小さな灯りを置く。
暗さを消さない灯り
UCOのキャンドルランタンは、明るくない。
それがいい。
テーブルの上のカップ、本の端、手元のナイフ。そのくらいを照らして、あとは暗いまま残しておく。世界を全部見せようとしない。見なくていいものを、夜の側へ返してくれる。
この距離感に、俺は救われることがある。
全部を把握しなくていい。
全部を説明しなくていい。
今見えている範囲だけで、しばらく座っていればいい。
小さな火は、そう言っている気がする。
蝋燭は、時間の形をしている
電池の残量表示は便利だ。
でも、便利すぎて、俺たちは時間まで数字で見ようとする。
キャンドルランタンの中では、蝋燭が少しずつ短くなる。炎が揺れ、芯が赤くなり、溶けた蝋がゆっくり沈んでいく。そこに通知はない。残り時間を急かす表示もない。ただ、減っていく。
その減り方を見ていると、夜が少しだけ体に戻ってくる。
今日はここまででいい。
この火が消えたら寝ればいい。
うまく考えられなくても、朝になればまた違う。
そんな当たり前のことを、道具に言われる夜がある。
不便さに逃げ場を作る
キャンドルランタンは、手間がかかる。
風を気にする。火を扱う。置く場所を選ぶ。寝る前にはちゃんと消す。LEDよりずっと不便だ。
でも、その不便さが、夜の速度を落としてくれる。
火をつけるために一度手を止める。
ホヤを上げるために息を整える。
炎が安定するまで、少し待つ。
その「少し待つ」が、今の俺たちには足りないのかもしれない。
物語の舞台に在るもの
小さな灯りは、夜を責めない。
早く元気になれとも、考えをまとめろとも言わない。
ただ、そこにいてくれる。
俺はそれくらいの明るさで、十分な夜があると思っている。
